サポ希望のゲイやお姉の人たちと出会える場所やハッテン場も増えましたね!
同性愛者が集まる飲み屋も年々増えている気がします。私も知り合いに連れられて何度か飲みに行きました。
なんか男同士なんだけどちょっと違う感覚になって微妙な感じなんですよね。
3分の1は女を感じるんです。ほんと何とも言えない感じですね。
アフーターに誘われましたけどなんだか一線を超えそうで丁重にお断りしましたが、サポでアフターに行った友人に聞くとすごく楽しかったようです。後で行けばよかったと後悔しました。
それ以来、時々ゲイの出会いバーに行くようになりました。行くたびにだんだん彼ら、いや彼女達への心理的なハードルがどんどん下がっているのを感じますね~。
最近人気のおネエ達
ゲイ、ニューハーフ、おかま等々、いろんな呼び方わあるけれど、完全に「おネエ」ブランドを確立している。
そんなおねえ達も出会いには、苦労しているようです。サポ希望の人達も結構多いですよ。
いくら芸能人といえどもなかなかいい出会いは、見つけにくいのが現状のようですね。ゲイの人たちが出会いに苦労しているのと同じです。同性愛の悩みは、共通ですね。
しかし、最近は、ネットでもゲイの出会いSNSを楽しめるようになってきました。
おねえも例外では、ありません。
ゲイ達のサポ専門コミュニティーサイトも増えています。
ゲイ=おねえと言ってもいいのでしょうか?よくわかりませんが、いろんな出会いがあるのは、確かなことのようですね。
恋愛に性別がどんどん関係のない世の中になっていくのでしょうか?行かないのでしょうか?
もちろんエッチもありなんですよ。恋愛もありです。ネットの出会いは、恋人つくりからエッチな大人の関係のセフレまで何でもアリなんです。
ウケ(ねこ)やタチも勿論!
女性よりも女らしいゲイやお姉
お姉やゲイの方は、女性よりも女らしさがあったりよく女性を観察しているのでとても勉強にもなります。
それぞれ違う心理があると思いますが、フケ専ゲイ出会い掲示板は色んな意味で出会いが広がるので魅力的です。
また、フケ専ゲイバーに行く女性というのは、かなり生きるのに疲れて、優しさを求めているような人が多いのではないかと思います。
ゲイやお姉の人たちは、ヘタな女性よりもずっと優しいからです。
ゲイの人たちは苦労人なので、苦労している人に対して分かってあげられるし優しくしてくれることが多いのではないかと思います。
生きるのに疲れてしまっている女性は、男性らしい男性との出会いを求めるような気力も失っているのではないかと思います。
男女の出会いではなく、男でも女でもないお姉やゲイという人たちの存在がとても癒しになってくれるのではないでしょうか。
また、自分の女子力に自信がないような女性とか、性同一性障害ぽい感覚を持った女性というのもたくさんいます。
そういう人たちは、常に女性として値踏みされるような男女の出会いの場は辛いし居心地が悪いのではないかと思います。
自分の女性らしさを気にしなくともよくて、劣等感を持つ必要もない相手として、ゲイの人たちは最高なのではないでしょうか。
そういう女性たちもゲイバーに行って癒されたいと思うタイプではないかと思います。
ゲイの人たちのいい面は、そういった癒しの力であり、自分たちが差別されているからこそ、他人を差別しないというところにあるのではないでしょうか。
フケ専ゲイ出会いバーに行く女性のタイプには大きく分けて二通りある
フケ専ゲイバーに足を運ぶ女性のタイプには、大きく分けて二通り程度になるのではないでしょうか。
その一つは、ガンガン仕事が出来る仕事好きの女性。
世間の目で見られている女性は、確かに自分自身も仕事に生きがいを感じて自分の能力を高める事に神経を費やしていて、失敗という言葉とは無縁な姿で職場で仕事に立ち向かっています。
意外にも本当の姿は、一番好きな場所が自分のオリジナル料理を作るキッチンだったりする。
洗濯物一つを干すにも自分なりのこだわりを持っていて、アイロンがけの時間が癒しのひと時だったりする。
そんな素振りを見せる場の無い女性は、周りから女性でありながら男っぽいという評価で扱われていて素の部分とはかけ離れた女性像を持たれている。
女性でありながら男性という扱いを受けているわけで、そんな女性が自分とは正反対の男性でありながら、女性として活きている人達のいるゲイバーに足を運ぶのは、自分本来の姿です。
アルコールの力をも借りたとしても甘える事ができる場所だと思う事は、不思議な事では無いように感じるのです。
もう一つのタイプは、女性でありながら仕事に活きる事を選択している夫に、女性扱いをしてもらっていないという不満を抱えている女性でしょう。
仕事に活きるという選択をしない人生を選んでいる女性にとっては、自分を大切に扱ってくれる女性の姿で女性特有の細やかな気遣いをしてくれる相手が実は、男性だという現実は、心のどこかでぽっかりと空いた穴を埋めてくれる役割にも等しい魅力があるのだと、思うのです。